先日お知り合いの方から聞いたお話で、ある方が長くお付き合いのある自称霊能者さんに
「あなたは間違った親のもとに生まれたんだ」
と言われたという。
そのかたは親御さんとの関係で悩まれていて、それを相談した時にことなんだろうけれど、私はそれを聞いてとても腹が立った。
ひとつには私は人生に間違いなどないと思っているから。
どんな毒親だろうとどんな不遇な環境だろうと、それが人の生きる様だし、そこから何か掴んで立ち上がってこその人生ではないですか。だいたい誰が間違えたんだよ。自分が間違えたとして、それを修正できない今、間違ってたんだ^そうですかってどう納得するっていうんですか。
自己責任だっていうんですか。
何ですかそのどうしょうもない考え方。
もう無性に腹が立ちます。
そんなこと言う自称霊能者が、そもそもお前何様だって話。
そんなこと言い放つなら、ちゃんと最後まで責任持って自己責任を本人が納得してやり遂げるまでお付き合いしたらいいのに。それもしないで、相談者に丸投げは人間性を疑ってしまいます。
根拠がないから霊能力なのかもしれませんけれど、自分ではどうにもならないことを本人のせい呼ばわりそするのはいかがなものかと思いますよ。
昨日、関東地方では久しぶりの本格的な雨が降りました。この1か月ほど雨が全く降らなかったので、空気も乾燥しており、ようやく潤いを感じることができて心がほっとしました。私の名前が「梅雨子」ということもあり、昔から雨が嫌いになれません。雨が降ると、不思議と心が暖かくなります。
神社参拝と雨のつながり
昨日石破総理が伊勢神宮を参拝された際に雨が降ったという話題を目にしました。一部では「雨が降るのはよくない兆候では?」という意見もありましたが、私はむしろ逆の見方をしています。神社参拝時に雨や雪が降るのは、私たちの心身を清めるための神様からの贈り物なのです。
私は参拝する瞬間に雨が止むことや、人が一時的に引いて神様と1対1で向き合える瞬間が訪れるなど、不思議な出来事を何度も体験してきました。これらは、私たちの行動が「正しい道にある」というサインのように思えます。
雨を思い変える
雨の日は足元が悪く、濡れるのが嫌でつい気分が下がりがちです。しかし、私は雨を「清め」と捉えることで前向きに考えるようにしています。雨の日に出かけるときは、「これも神様が私を清めてくださるありがたい恵みだ」と思うと、不思議と気持ちが晴れやかになるのです。
このような思考法は、日常生活にも応用できます。例えば、誰かに注意を受けたり批判されたとき、一瞬は不愉快に感じることがあるかもしれません。でも、その出来事を「自分の成長のきっかけを与えてもらった」と思い返すと、気持ちが軽くなります。これは単なるポジティブシンキングではなく、感情を受け止めたうえで、自分にとってプラスになる視点に上書きするという考え方です。
雨が清めとしての役割を果たすことは、歴史的にも示されています。例えば、天皇即位の礼の際に降った雨が儀式の後に止み、虹がかかったという話は有名です。また、昭和天皇の崩御の際にも雨が降りました。これらの雨は、日本という国がいかに神々の加護を受けているかを象徴しているように思えます。
神様の導きや自然の現象を通じて、私たちは「自分軸」を確認することができます。雨が降る、雪が降るといった出来事も、自分が進んでいる方向性が正しいかどうかを見直す良いきっかけになるのです。
日々の生活で起こる小さな不快感やネガティブな出来事も、「お清め」や「気づきの機会」として捉えると、見える景色が変わります。雨が降る日は、ただ濡れるだけの日ではなく、自分の心を整え、再スタートするチャンスと考えてみてください。
今日も最後までお読みいただきありがとうございました。ぜひ雨の日にはその恵みを感じながら、清々しい気持ちでお過ごしください。
明けましておめでとうございます。
今年の初夢はなんでしたか?
私は火事の夢でした。初夢の解釈と初詣のおみくじのメッセージがリンクしていて、腹落ちしたお話など。
カウンセラーや占い師に
「そのままでいいんですよ」
と言われたことはありませんか?
これ私もいうことはありますが、結構難しいので簡単には使えません。
そのままでいるにも継続するための何某かの力は必要です。
そのままでいることは、何もしないこととは違うのです。今週末、衆議院選挙があります。
梅雨子先生、まだまだ選挙の話をしますよ〜
みなさん大好きな俳優さんとか声優さんとかタレントさんとか、推している方はいますか?
推しがいると生活に潤いがあったりしますよね。
私は選挙はエンタメだと思っています。
そして投票は自分の推しを応援する行為なのではないかと思うのです。
政治なんて考えたって意味がない。選挙行ったって何も変わらないという方が多いからこそ、この国は変わらないし、一部の人たちにいいようにされているのではないでしょうか。
そこ、諦めたらそれこそ終わりです。
それなら、選挙をエンタメだってくらいに考えて、大人がガチで人をディスっていたり、嘘ついたり、逆に正直に謝ったり、真剣に政策を訴えたりしている人を面白がりながら見て、じゃぁ誰を応援しようかな?って推し活気分で選挙をとらえてみるのもありなんじゃないかと思うんです。
続きは動画か、ラジオでどうぞ。。
スピリチュアルが大好きな人が気をつかなければならないことは、まずは「これは嘘ではないか?」と疑うことです。
私もよく
「当たる占い師を教えてください」
とか
「この人は本物の霊能者ですか?」
など聞かれることがありますが、スピリチュアリストや霊能者と言われる人が本物かどうかはある意味意味がないのかもしれません。
なぜならば、あなた自身がその人が言うことを信じるか信じないかが問題であって、それが本当のことを言っているのかどうかが問題なわけではないことが多いからです。
真実は時にとてもシビアで、実際の未来や本質が見える人がいたとして、それを知ってどうするかを考えることができ、かつそれに応じた行動を取る人がいるかといえば、私はそう言う人をあまりみたことがありません。
いいことは受け入れられやすいですが、そうではないことは結局は否定される人がほとんどで、おそらくは拒否反応が強く起こることがほとんどです。
結局占いやスピリチュアル的アドバイスはよいことやどうでもいいことは受け入れられるが、そうでないことは無意識に入ってしまうことが多く、それが本当のことを言っていたとしても、聞いた人の選別が起こることで真実かどうかはどうでもいいのかもしれないと思ってしまいます。
それならば最初から疑ってかかることもあってよいのではないでしょうか。
一つの情報として彼らの発言を聞き、それを採用するかは自分で決める主体性が大切ではないかと思います。
自民党の総裁選、リアルタイムでみていましたが
なんだかがっかりしょんぼりでした。
こんな気持ちは久しぶり。
日本は議会制民主主義なので、国民が直接我が国の総理大臣を決めることはできません。
国民が選挙で選んだ国会議員に、自分の意思を代弁してもらう訳ですが、今回に限って言えば、
「この人に総裁になってほしい」と投票した議員よりも
「この人にはなってほしくない」から反対の人に投票する
というような選挙になっていたように私には見えてしまいました。
正直でもないし誠実でもなかった議員の人たちが少なからずいたということかもしれません。苦しい決断だったのかもしれませんがそんな負の選択で決まった人を首相として認知しなければならない国民の気持ち、ガッカリしょんぼりですよ。
仕方がない、しょうがない、決まったものは変えられない。そんなのはわかっているけれど、だからどうせ何も変わらないとか諦めてなんでも流されていくことでいいのか?
政治は「まつりごと」
より良き未来、20年30年後の世界を見据えたことをやっていって欲しいし、それを諦めたくはないのです。
ちょっと政治ネタが続いていますが
今回は自民党総裁選についての、兎にも角にも全くもって個人的な思うところをダラダラとお話ししております。
政治ってのは、10年20年後の未来を見据えてやるもんなんだよ!っていうお話しです。
日本では自分の国の首長を直接選ぶことはできません。
議会制民主主義の国ですからね。
そうであっても自分たちには関係ない訳ではなく、目の前の悩みとか、日々の生活の忙殺されてしまっているとしても、この世界のこの国の一部であることは確かなのですから、時に政治や経済にも目や耳を傾けてほしいなって思うのです。
今が大事なのはその通りなんだけれど、今を生きることは未来を歩いていることと同義でしょう?その今である未来をどうしていくかも、大切なことだと思うんです。南海トラフ地震のリスクと備えについて
こんにちは、今日は「南海トラフ地震」についてお話ししたいと思います。
最近、大きな地震があり、皆さんも不安を感じたかもしれません。今回は、この地震の背後にあるメカニズムや、今後の対策について考えてみましょう。
南海トラフ地震とは
まず、南海トラフ地震について説明します。南海トラフは、日本の太平洋沿岸に位置する大きな地殻プレートの境界です。この場所では、プレートが地球内部に沈み込んでおり、その過程で大規模な地震が発生します。歴史的に見ても、南海トラフで発生する地震は、一度では終わらないことが多く、通常、二度にわたって大きな地震が発生する傾向があります。
日本は、4つのプレートが交差する場所に位置しており、地震や火山活動が活発な地域です。そのため、地震への備えは常に重要です。気象庁や研究機関は、地震の予測に努め、多くの測定機器を設置して、地震活動を監視しています。
地震対策
南海トラフ地震のメカニズムは、プレートが沈み込む際に、その前のプレートが引き込まれ、ある時点で反発し大きな地震を引き起こすというものです。今回の地震も、このようなメカニズムで発生したことが確認されています。気象庁の発表によると、今後1週間以内に再び大きな地震が発生する可能性が高いとされています。
そこで、皆さんにいくつかの具体的な対策をお伝えしたいと思います。
まず、車を所有している方は、ガソリンを満タンにしておくことが重要です。災害時には、移動手段が限られるため、燃料の確保が大切です。また、電気自動車の場合、停電時に電力を確保するのが難しくなるため、充電は常に十分に行っておくべきです。
次に、食料と水の備蓄についてです。私はお米が好きなので、常に10キロ程度のお米をストックしています。新しいお米を購入したら、古いものから使い、常に新鮮な備蓄を維持するようにしています。お水も同様で、ウォーターサーバーを利用して、常に2~3ガロンのお水を備蓄しています。
また、非常持ち出し袋の準備も欠かせません。古いものは定期的に新しいものに替え、被災者からの実体験を参考にして、必要なものを追加することが重要です。
夜間の避難を想定して、寝室には靴を置いておくと良いでしょう。ガラスが割れて床に散乱することを考慮し、素早く安全に避難できるようにするためです。
祈りと願いの力
最後に、「祈ること」の大切さについてお話しします。祈ることは、物理的な対策だけでなく、心の安定をもたらす重要な手段です。私は毎朝、布団の中で家族の安全を祈り、感謝の気持ちを伝える習慣を持っています。
祈りは、現実を変える力を持つと信じています。特に、大きな災害が起こった時、心配や不安を抱えるのではなく、良い方向へ向かうように願いましょう。心の中でしっかりと感謝し、他者の幸福を願うことが、結果として自分自身を守る力になるのです。
日本は災害が多い国です。しかし、私たち一人ひとりが適切な準備をし、心を整えることで、大きな困難を乗り越えることができます。どうぞ皆さん、災害への備えをしっかりと行い、心を平穏に保ちながら、安全な生活を送りましょう。
まだまだ暑い日が続きますが、どうかお体を大切にお過ごしください。また次回、お会いしましょう。
YouTube動画では、ブログでは書ききれないことをお話ししています。
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パリオリンピック開会式と多様性について考える
皆さん、こんにちは。オリンピックが始まりましたね。開会式は毎回様々な意見が飛び交いますが、今回は特に多様性について考えさせられました。今日はそのことについてお話ししようと思います。
多様性の重要性
私は過去にも多様性の重要性についてお話ししてきました。今回のオリンピックはパリで開催され、開会式も非常に印象的でした。パリの美しい街並みと芸術的な演出が融合し、視覚的にも素晴らしいものでした。
しかし、一部の演出には驚かされました。例えば、マリーアントワネットの登場シーンです。フランス革命の象徴的なシーンを再現し、彼女が幽閉されていた建物が真っ赤に照らされ、ハードなヘビーメタルが流れる中でのパフォーマンスでした。フランスの歴史を象徴するシーンであり、王政から民衆が権利を勝ち取った革命を表現していました。
また、ドラッグクイーンのショーも大きな話題になりました。キリスト教の「最後の晩餐」を象徴するシーンでしたね。これには驚かされましたが、LGBTQコミュニティの存在を認め、多様性を尊重するメッセージが込められていたのだと思います。
性別・人種・宗教・性的嗜好など、マイノリティーに対する理解と尊重は重要です。しかし、私自身はこの演出を見て、あまり美しいとは感じませんでした。あくまでも個人的な意見です。私の友人にも少数派のコミュニティに属する方がおられますが、彼らは自分たちが少数派であることを理解し、多数派に対して気を使いつつ配慮をしてくれています。マイノリティに対して理解を示すことは必要なことだと思いますが、この社会はマジョリティによって方向性を示され、価値観など多くのことが発揮されています。オリンピックなど公共的な場面で、大々的に見せられることが一概に言い値は限らないのではないでしょうか。
多様性とインクルージョンのバランス
多様性を尊重することは大切ですが、それが強制的に押し付けられる形になると反発を生むこともあります。多様性と共に、インクルージョン(包括)が重要です。多様性を認めるだけでなく、それぞれの個性や能力を社会に貢献する形で生かすことができて、豊かさが享受できるのではないかと私は思うのです。。
公共の場での表現のあり方
今回のオリンピック開会式でのドラッグクイーンのパフォーマンスは、多様性を示す一例ですが、それが公共の場で行われることには賛否が分かれるところです。多くの人々が見る場での演出は、多数派の感情にも配慮する必要があると思います。
多様性を尊重することは重要ですが、それを強制するのではなく、自然に受け入れられるような形で表現することが求められます。個々の価値観や美意識を尊重しながら、多様性を社会に浸透させていくことが理想なのかもしれませんね。
今回のオリンピック開会式を通じて、多様性について改めて考えさせられました。多様性を認めることは大切ですが、それを押し付ける形ではなく、個々の理解と尊重をもって受け入れることが求められます。私たち一人ひとりが社会に対して何ができるかを考え、行動することが本当の多様性を実現するための第一歩です。
オリンピックは短い期間ですが、皆さんもぜひ観て、多様性や時代の変化について考えてみてくださいね。