思考の智慧

自分らしく生きたい人が、実はハマっている落とし穴


自分らしく生きたい人が、実はハマっている落とし穴 - 思考のダイアローグ | stand.fm 「自分らしく生きたい」と願う人が増えています。 でも、その“自分らしさ”が目的になってしまったとしたら? その違和感についての考察です。 ▶️在処ホームページ https://a...
 


「自分らしく生きる」とか「本当の自分を取り戻す」という言葉を、

いろんな場面で目にします。


SNSでも、本でも、セミナーでも

「自分らしさ」がキーワードになっていて、

まるでそれを見つけることが“人生の正解”のように語られる。


それ自体は自分を知ってラクに生きるためには必要なことですから、大事なことです。


しかし、まるで、「自分らしさ」を探すことがゴールで、

それを見つけさえすれば人生はうまくいく、と語られることに私は違和感を感じてしまいます。


実際には、そんなふうに「自分らしさ」を取り戻した(ように感じた)あと、

ぽっかりと空白のような感覚にとまどう人が増えているように感じます。


「あれ? 自分らしくなったはずなのに、なんか物足りない」

「本当の自分を見つけたはずなのに、前より寂しい気がする」


もしかしたら、「自分らしさを探すこと」が“目的そのもの”になってしまっているのではないか?

目的を果たして、安心したもののその自分らしさをどう扱って良いか戸惑っているようにも感じます。


本当は、「自分らしくあること」って、何かを“するための土台”であって、

それ自体がゴールじゃないはずです。


でも、「私はこれでいいんだ」っていう安心感を得た瞬間、

その次に何をしていいかわからなくなる。


それは、自分らしさを見つけたのではなく、

「自分らしく見せる」ための役割に新しくハマってしまっただけなのかもしれません。


自分らしさは、守るものでも、飾るものでもなく、

日々、何を選び、どう在るかの“手ざわり”のようなもの。

自分軸の判断基準であり

毎日を心地よく過ごすためにあるものではないでしょうか。


今日の選択に納得しているか。

ちいさな違和感をごまかしていないか。

人と比べず、自分と対話しているか。


そういう積み重ねが、自分らしさを形成し私になっていく。


「自分を取り戻す」って、

どこかに置いてきた自分を探し出して、

取り戻して、

元通りの姿に戻ることじゃなくて、

これからを生きる自分を、新たに“育てていく”ことなのかもしれません。


“自分らしさ”が声高に語られるようになった今だからこそ、その言葉に踊らされてはなりません。

「自分らしさ」がわかったからといって

キラキラしたまわりから羨ましがられる生き方ができるわけでも

自己肯定感が爆上がりして毎日ハッピーになるわけでもありません。


その後自分らしくあり続けることが何よりも重要で

それはもっと静かで、もっと地味で、もっと、地に足のついた営みなのです。


「自分らしさ」を見定めたあなたは

「自分らしく生きる」スタートに立っただけのことです。

これから寿命が尽きるまであなたらしく生き続けられるのです。


こんな面白いことはないではありませんか。


「自分らしくなること」に縛られて、あなた本来の生き方、生き様を見失わないようにしてください。

苦しいことを選べば良い事が起こるのか?

「苦しい方を選んだ方が成長するよ」とか

「楽な道ばかり選んでたらダメになるよ」とか

聞いたことありませんか?


基本性格が真面目だったり、言われたことを素直に受け止めるタイプの人は、

“苦しい=正しい”みたいな謎の思い込みが、がっちり思考に入り込んじゃってたりする。


で、選択肢が出てくるたび、

「どっちが苦しいか」で選んでいくわけですが、それしていると無意識はちゃんと苦しい方を選んでいるあなた自身が「苦しみたいのね」と勘違いしていく。


それを続けてたら、

まぁ〜しんどいよね。単純に、疲れる。消耗する。ちゃんと苦しい世界で生きていくことになる。


そもそもね、

「苦しさ」って、それ自体は目的じゃないはずなんですよ。


「その苦しさの先に、自分にとって意味がある何かがあるかどうか」

これが本来の問いのはず。


でも気づくと、「あっちの方が苦しいからこっちを選ぶ」っていう

苦行マインドが目的化してて、

選択の軸がズレてるんじゃないかと。


苦しいことを選ぶ=すごい、えらい、偉人

みたいなものは、間違いなく幻想です。


それよりも、

「自分にとって必要かどうか」で選ぶことの方が、今の自分にちょうどいい、納得できる選択になるんじゃないでしょうか。


時には楽な方が“必要な道”ってこともあるし、

逆に、しんどくても「今はやっとくべき」って感じることもある。


だから、選ぶ基準を“苦しさ”にしない。

そうするとだいぶ心が楽になって、それ自体がほら「楽園思考」ですよ。


もちろん、人は苦しみから学ぶこともあるし、

痛みを通してしか見えない景色ってのもある。


だけど、それは「苦しみを選んだから報われた」わけじゃなくて、

「その出来事を、自分なりに意味づけして乗り越えた」からこそ、

何かを得られたんだと思うのです。


もし今、あなたが「苦しい方を選ばなきゃ」って思ってるなら

「その苦しみ、本当に今の私に必要?」って問いかけてみてください。


苦しみそのものがご褒美を連れてくるわけじゃない。

必要なことを、必要なだけ、やる。

それで、ちゃんと道は開けていきます。


苦しいことを選べば良い事が起こるのか? - 思考のダイアローグ | stand.fm 「苦しい方を選んだ方が成長するよ」とか 「楽な道ばかり選んでたらダメになるよ」とか 聞いたことありませんか? 「苦しさ」って、それ自体は目的じゃないはずなんですよ。 ...
 



嘘って良いこと?悪いこと?

4月1日です。

こうして一年があっという間にすぎていくのですね。


エイプリルフールは嘘をついてもいい人いうことで、今日ばかりはさまざまな情報を疑いの目で見る頻度も上がりそうです。


人と関わる中で最も大切なことは「ラポール」だと言われます。相手と信頼関係を結ぶことですが、そうするためには正直さは必要なわけですが、正直すぎても人を傷つけてしまう事がありますよね。過ぎたるは及ばざるが如しで、どんなこともちょうど良いがあるものです。

嘘をつくというよりも、相手を思いやるからこその真っ正直ではない、優しい嘘や方便があって良い時もあるということです。


人とうまくやるのは距離感も、付き合い方もいろいろです。どんなこともうまくやれる「これだ!」という方法はありません。あれやこれやを試して、ちょうど良いことを見つけるしかありません。


嘘をつくのは良いことでも、悪いことでもなく、その得度きでよくもなるし悪くもなるということでしかないのかもしれません。


嘘って良いこと?悪いこと? - 思考のダイアローグ | stand.fm エイプリルフールですね。嘘をついてもいい日に、嘘とはなんぞやということを考えてみました。 *考え方の癖、認知の歪みで自分を苦しめていませんか?
それらを修正する方法をお教えします 人生をもっと生きやすく...
 


アンチコメントにどう対処する?

最近の配信は音声とブログを主に発信しています。

気軽に、ストレスなく発信できるのは今は音声配信が一番しっくりきているので、しばらくはこれで行こうかと思っています。


私の配信する内容は、毎日の出来事から何か感じたことや考えたことなのですが、実際アナリティクスを見ると政治的な内容の配信が一番再生してもらえているようなんですよね。



これって、他の配信者さんもそうらしくて、政治的なことを発信すると聞いてはもらえるけれどもアンチコメントも増えてしまうらしい。


私にもご丁寧にアンチコメントを書いてくださる方がいて、それを見つけた時には「あぁ再生数が伸びているんだな」と思うんです。

私も公開で配しているからには、相当キレている時以外は(あまりありませんが)丁寧な言葉とか、極端な批判などは避けているので、アンチコメントを書こうと思う人はあまりいないんじゃないかと思うんです。それでも分母が多くなると、自然と私の波動関数外の人にも届いてしまってコメント書きたくなっちゃう人が出てきてしまうのかもしれません。やっぱり人間は動物の生体的な集団というより、ハチとかアリとかの昆虫の生態(社会)形態に似ているのでしょうね。


アンチコメントも自分が不愉快に感じるのはなぜかとか、必要なことしか起きないとか、逆に考える必要はあるのかなど、知恵のもとになる考えを巡らすことで自分のためになっているなと考えてしまうのもありかと思います。



アンチコメントにどう対処する? - 思考のダイアローグ | stand.fm たまにアンチコメントをいただくときに、私がどう考えてどう対処しているかをお話しします。 反論したり、ブロックしたり対処方法は色々あると思いますが、皆さんはどうしていますか? *考え方の癖、認知の歪みで自...
 


人の不幸に便乗することでいい人自慢したいのが本音なんでしょう?

ドライブ中にラジオから聞こえてきたのが、救急車を設計してる?つくっているという人の話で、


「以前救急車を作る仕事をしていたが、救急車を見るたびに誰かが具合が悪かったり、命の危険がある時に出動しているんだよなと思ったら、あまり喜べなかった」みたいなコメントを読んでいて、ちょっとモヤっとしたんです。


救急車は人の命を助けるための車なわけで、それって基本的には良いことだし、その車を作っている事は悪いこと?悪いことしてるって感じてしまうのは、百歩譲っていいとして、なんでそう考えるかなって。


ラジヲで読まれるコメントとして、普通ではない逆張りのコメントとして書いてきたのかもしれないけれど、それにしてもアマノジャクですよね。


自分は人の不幸で飯食ってるみたいな言い方は、謙遜しているようで実はそんなことまで考えている私ってすごいでしょって、聞こえてしまうんですよ。

それって被害者ドラマしてるなって思います。


被害者ドラマをしている人って、自分がこんな可哀想なことになっているのはあなたのせいですよって、相手に罪悪感を抱かせることでエネルギーを奪っているんですよ。そしてそれを無自覚にやっているのがなんとも厄介。

そういうことをする人が身近にいると、付き合っていると疲れてしまいますよね。


なんにせよ、コントロールドラマと呼ばれるそれは、自分もやらない、配役されそうになってもそれにはに習いのが一番です。ここでも自分軸を試されますね。

お互いに相手に寄りかからずに、お互いが助け合える距離感で付き合うのが一難心地が良いように思います。


コントロールドラマはやらないように心がけたいですね。

人の不幸に便乗することでいい人自慢したいのが本音なんでしょう? - 思考のダイアローグ | stand.fm 被害やドラマを得意とする人は、だいたい自分を正当化したいのが本音なんじゃないかと思う。そういう逆張りみたいなことされると、イラッとするんですよ。 「感情とコントロールドラマ講座」 4月14日(月)11:00〜13:0...
 


理解しようとするから苦しいんだよ 〜理解ではなく「受け止める」

多様性と違いを認めること 〜理解ではなく「受け止める」ことの大切さ〜


私たちは日々、さまざまな人と関わりながら生きています。文化や価値観、人生経験が異なる人たちと接する中で、「多様性を認める」ことの重要性がよく語られます。しかし、他者の違いを本当に「理解する」ことは可能なのでしょうか? 今日は、「理解する」ことの限界と、「受け止める」ことの大切さについてお話ししたいと思います。


 多様性を認めるということ


人はそれぞれ異なる環境で育ち、異なる経験をし、異なる価値観を持っています。世界を見渡せば、文化や言語、生活習慣などの違いは無限に存在します。そうした背景の違いを踏まえたとき、当然ながら「人はそれぞれ違う」ということが前提になるはずです。


この「違いを認める」という考え方は非常に重要です。自分と他者の感じ方や考え方が異なることを理解し、その違いを尊重することこそが、共存や調和の第一歩になります。


しかし、多くの人が「違いを認める」=「相手を理解すること」だと考えがちです。相手を理解しようと努力すること自体は決して悪いことではありません。むしろ自然な行動です。ただし、ここに大きな落とし穴があるのです。


 理解しようとすると苦しくなる理由


私自身、「理解しようとすること」は必ずしも必要ではないと考えています。なぜなら、完全に他者を理解することはほぼ不可能だからです。


人はみな、異なる人生を歩み、異なる価値観や感じ方を持っています。それを100%理解しようとすると、「なんで理解できないんだろう」「なぜあの人はあんな行動を取るんだろう」と苦しくなってしまいます。理解できない自分を責めたり、逆に相手を責めたりすることもあるでしょう。


でも、そもそも他者を完全に理解することなどできるはずがないのです。「理解しよう」と無理に努力して苦しくなるくらいなら、「理解しなくていい」と思うことが大事です。


「理解するのは無理」と思うと冷たく聞こえるかもしれませんが、実はそうではありません。理解しなくても良いからこそ、もっと自然に相手と接することができるようになるのです。


「理解する」ではなく「受け止める」


では、理解できない他者とどうやって関係を築いていけば良いのでしょうか? その答えが「受け止める」という姿勢にあると思います。


「理解しよう」とするのではなく、「ああ、そういう考え方もあるのね」と受け止めるだけで良いのです。

- 自分とは違う考え方を知る

- 同意しなくても「そういう感じ方をする人もいる」と認める

- 「違う」という事実をそのまま受け入れる


これだけで、他者との関係がぐっと楽になります。「理解しなくていい」と思えば、無理に共感しようと頑張る必要もなく、相手に対して寛容になれるのです。


「理解する」のではなく「共感する」


ここで大切なのが、「理解」と「共感」は違うということです。


「理解」は「相手の思考や感情を自分のものとして理解しようとすること」

「共感」は「自分とは違うけれど、そう感じるのも自然だと認めること」


「わかる、わかる」と言うことは時に傲慢になりかねません。実際には自分が経験していない感覚を「わかる」と言うのは難しいからです。


でも、「ああ、そうなんだね」と受け止めることはできます。同意できなくても、「あなたはそう感じているんだね」と受け入れることはできるのです。これこそが「共感」だと思います。


「小さな袋」に分けて考える


他者の価値観や考え方をすべて自分の中に取り込む必要はありません。むしろ、個々の違いを「小さな袋」に分けて持っておけば良いのです。


- ある人はこう考える

- 別の人はこう感じる

- 自分はこう思う


これらを一つ一つ分けて、必要に応じてその袋を開いて確認すれば良いのです。無理に混ぜ合わせて「同じように理解しよう」としなくても良いのです。


「理解する」のではなく、「受け止める」。

「わかる」ではなく、「そうなのね」。


このシンプルなスタンスが、他者との関係をスムーズにし、結果的に自分自身も楽になるのではないでしょうか。


多様性を認めることは、「他者を理解する」ことではなく、「他者の違いを受け止める」ことにあると思います。理解できなくてもいい、わからなくてもいい。ただ「ああ、そうなのね」と受け止めるだけで、他者との関係は自然に良好になるでしょう。


「理解しよう」と無理に努力するのをやめ、「受け止める」姿勢を持つこと。これが、多様性を認めるための第一歩になるのではないでしょうか。


あなたも、「理解しなくていい」「受け止めればいい」と思って、肩の力を抜いてみませんか? 😊

理解しようとするから苦しいんだよ - 思考のダイアローグ | stand.fm 多様性を認めるには、相手を理解しなければいけないのではないか、と思い詰めていませんか?私は理解できると思っていること自体が傲慢なのではないかと思います。理解なんかできはしない。でもわかり合いたいなら、相手のそれをあぁあなたはそうなのね、と受...
 


あれ、これ、それで話ができるのは「感覚」優位だからかも

「あー、ほらあれとって」と、主人がよく言います。


私は(あれって何だよ!)と思いながら

「あれって何?」と聞き返します。


それでもあれだよ、あれ!と言いつづける夫。。


もう毎日がそんな感じで、私は優位特性 視覚タイプなので(あれ)では何だかわからないので具体的に何かと言って欲しいのに、感覚タイプの主人は(俺の中ではアレと言ったら〇〇なのに何でわからないんだよ!)と、彼は彼で私がツーカーでないことにイラついていました。

こういうことが毎日のように起こると、ちゃんと夫婦関係が悪くなって、以前はもう一緒にいられないと本気で考えることもありました。


でも今は、あれこれな主人の言い方は、彼の脳の利き感覚が私と違うからだとわかっているので、イライラするより(仕方がないなぁ付き合うか)な感覚で話すようになりました。解放された気分です。


これらのタイプを優位特性というのですが、自分と相手の脳の利き感覚が違うから、考え方や大事なものが違うので話が食い違ってしまってコミュニケーションがうまくいかないことがあります。これを知ってから、話がうまく伝わらなくても、相手を責めるようなことはなくなりました。逆に、相手のタイプに合わせて受け答えができるようになって、イライラも減りました。


このタイプ分析の講座を久しぶりに開きます。

これは営業のクロージングや、家族や友人とのコミュニケーション、子育てにも有効です。ぜひおいでください。


オンライン講座なので、お家で受講できます。


思考を解放する思い変え講座 思考を解放するとは?私たちは さまざまな「こだわり」をもっています。「こだわり」という言葉最近はグルメ番組の影響で〈妥協せずとことん追求する〉という良い意味にも使われるようですがそもそもは〈必要以上にとらわれること〉というあまり良い意味合い...
 





*開催日時

2023年3月8日(土)11:00〜13:00 残4席 ←クリックしてすぐにお申し込み

2023年3月17日(月)11:00〜13:00 残1席 ←クリックしてすぐにお申し込み


*参加費

8,500円(税込)



結果を求めすぎるのは「視覚」が優位だからかも

話が長くて、結論もオチもない人っていますよね。

私はついついそういう人と話をしていると


「で、何が言いたいの?」

と言いたくなってしまいます。

以前は言っていたかもしれません。


しかし、今は違います

話が長くて、結論もオチもない人は、脳の利き感覚が「聴覚タイプ」の人。

経過や手順に重きを置く脳の癖がある人です。

で、「何が言いたいの?」と思ってしまう私は「視覚タイプ」。

経過や手順よりも、結果に重きを置くタイプです。


これらのタイプを優位特性というのですが、自分と相手の脳の利き感覚が違うから、考え方や大事なものが違うので話が食い違ってしまってコミュニケーションがうまくいかないことがあります。これを知ってから、話がうまく伝わらなくても、相手を責めるようなことはなくなりました。逆に、相手のタイプに合わせて受け答えができるようになって、イライラも減りました。


このタイプ分析の講座を久しぶりに開きます。

これは営業のクロージングや、家族や友人とのコミュニケーション、子育てにも有効です。ぜひおいでください。


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*開催日時

2023年3月8日(土)11:00〜13:00 残4席 ←クリックしてすぐにお申し込み

2023年3月17日(月)11:00〜13:00 残1席 ←クリックしてすぐにお申し込み


*参加費

8,500円(税込)



鋼のメンタルは自分軸でつくる



日曜日には兵庫県知事選挙が行われます。

メット上ではなかなかの盛り上がりで、関東では報道があまりされていませんが組織票と無党派の接戦になっているようです。


今回のことはマスコミの印象操作に踊らされた面があり、今の時代の情報の取捨選択の難しさを考えさせられました。

先知事が辞職ではなく失職を選んだことや、人事局長がなぜ氏を選ぶほど追い詰められたのかなど、不自然なことはあって、その違和感を信じることが大事だったのだと考えさせられました。

やっぱり直感は大事です。


今回の動画は

元兵庫県知事斎藤氏の鋼のメンタルは、どうして作られたのか?

について語りました、


新年はこだわりよりも自分軸で補強した方がいいかもしれませんね。

鋼のメンタルは自分軸でつくられる - 思考のダイアローグ | stand.fm 兵庫県知事選挙にみる、さいとう元彦元知事の鋼のメンタルはどうして作られたのかを考察します。人にいろいろ言われて悩みがちな人に、身につけてほしいことだったりします。 *考え方の癖、認知の歪みで自分を苦しめていませんか...
 


メンタルタフネスに必要な「鈍感力」と「忘却力」



ただいま絶賛報道中の「おねだり知事」の百条委員会のやりとりを見て、気づいたことをお話しします。


そもそも私はパワハラも、視察先でお土産を要求するのも公僕である知事のすることか?との疑問もありますが、それよりも「公益通報」がしっかりと機能しなかったことの方が問題ではないかと思っています。

知事の言動が度をこしていて、周りの役職の人たちが仕事の不透明感や、やりにくさを抱えていていたための内部告発だったわけです。その人が自死を決意するにいったことは如何ともしがたく、これをこのままにしては公正さを保つことの意味すら有耶無耶にされてしまいかねません。

百条委員会ではそこのところをもっと突っ込んではっきりさせていただきたいと思っています。


それとは別に、あの知事の受け答えからなんとメンタルが強い火地なんだろうかとの印象を受けました。彼がしたことややっていることは置いていいたとして、あのねっbタルのタフぶりは「メンタルタフネス」を超えた「メンタルモンスター」と言われても仕方がないかもしれません。


そもそも思いやりや気配りができる人こそ、周りのことを気遣うあまり考えすぎて他人軸になりがちで、だからこそ不安をかき集めてしまって心が病みがちであることは否めません。

そんなおり、彼のように事実と感情を切り分けることで自分の心を守ることもある意味防御としてはありなのかもしれません。周りに鈍感であること。つまり「鈍感力」を持つということです。

そして苦しみや不安を忘れる力「忘却力」これも毎日を過ごす中で、未来を今として生きなければならない私たちには、必要なものです。

不安や悲しみはうまくいかなかった記憶に紐づく感情で、それがあるから危険から自分を守ることができると言えます。しかし、そればかり気にしすぎていると前に進むことができなくなることもあり、停滞を招きます。進化していくことができなくなってしまうかもしれないのです、そんな時に忘れる時ことは必要な機能です。


「鈍感であること」も「忘れること」も、一見悪い事、弱みに見えますが、これらも必要だからある機能であり、使っていくことでタフに萎えたり、進化できたりするのかもしれません。これも思いかえです。


「メンタルモンスター」になってしまうと、自分勝手で守ることが攻撃に変化することしらあります。こうなってはいけないのですが「タフ」であることは自分に多くの耐性をつけ、より良い道を選択して集中力でそれを成し遂げることができるかもしれません。

自分軸のある「メンタルタフネス」を身につけてくださいね。

TASTEMARKET
パーソナルスタイリスト堀口桂子先生のサイト。
魂のカタチをファッションから視覚化するスペシャリスト。究極のファッションコンサルタントを体験してください。

旬顔ヘアメイクレッスン
ヘアメイクアップアーティスト三上さくらさんのサイト。
自分らしいヘアメイクに自信を持ちたい人に。メイクで心を整える。