窓の外では、妖精の粉ではなく、本物の雪が舞い始めています。週末の大寒波、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今日は、いよいよ明日に迫った衆議院選挙、そして私の地元・八王子(東京24区)で感じた「一票の重み」と「政治家の器」についてお話しします。
期日前投票所で耳にした「誰かのせい」にする言葉
週末の雪を予想して、私は一足早く期日前投票に行ってきました。 市役所は驚くほどの人。10年前とは比べものにならない熱気で、ディズニーランドのような行列ができていました。
そこで並んでいるとき、私の前のお姉さま方の会話が耳に入ってきました。 「高市さんは、どうしてこんな寒い時期に選挙なんてしたのかしらね」「本当、困っちゃうわよね」
それを聞いて、私は少しモヤっとしてしまったんです。 もちろん、寒い中並ぶのは大変です。でも、そこに「自分の意思」があるのなら、文句は出ないはず。文句が出るということは、どこか「誰かに言われて来た」という受動的な気持ちがあるからではないでしょうか。
組織の一票かもしれないけれど、名前を書くのは自分です。一票の責任を、誰かのせいにせず自分自身で引き受ける。それが、大人の「しなやかな」関わり方だと思うのです。
圧倒的な力の差が浮き彫りにした「大人の流儀」
今回の選挙をめぐって、YouTube番組『ReHacQ(リハック)』で東京24区の候補者討論会が行われました。注目区ということもあり、5人全員が揃った貴重な回です。
そこで私が感じたのは、萩生田光一さんの圧倒的な「器」の大きさでした。 国政の中核で大臣を経験してきた萩生田さんと、都議に当選して1年も経たない32歳の若い候補者。正直に言って、大人と子供ほどの経験値の差がありました。
驚いたのは、萩生田さんの態度です。相手を打ち負かそうとするのではなく、どこか「育てる」ような、まるでお父さんのような温かさがあったんです。 特に、立憲民主党から急遽「中道改革連合」として出馬し、政策の矛盾を突かれて言葉に詰まる若い候補者に対し、萩生田さんやMCの高橋プロデューサーが「君はどう思うんだい?」「自分の本心を話したほうがいいよ」と促す場面がありました。
政治家である前に、一人の人間として「自分の意思を貫けているか」を問う。その光景は、戦いを超えた教育のようにも見えました。
「仏敵」という言葉と、八王子の民度
八王子は、創価学会にルーツを持つ方々が多く住む地域でもあります。 私の家でも、かつて義母が信仰していた時期があり、仏壇にまつわる葛藤がありました。最終的には夫と相談し、信仰していないものを形だけで置くのは失礼だとお返ししましたが、そこには常に「地域のしなやかな人間関係」が介在しています。
今回、一部で「敵を仏敵(ぶつてき)と呼んで戦う」という空気があると聞きました。 しかし、愛と平和を掲げる思想の中に「敵」を作る矛盾。その戦いは、本当にこれからの日本に必要なのでしょうか?
私たちの「民度」が問われている
今、日本中がこの八王子を注視しています。 「八王子の人は、どれだけ本質を見抜けているのか?」 それは、私たち市民の民度が問われているということでもあります。
誰かに言われたから、同調圧力があるから……そんな時代はもう終わりです。 自分の心に嘘をつかず、この国の命運を誰に託すべきか。 雪の中、さらさらと舞う空を見上げながら、私は改めて「自分の一票」に責任を持とうと決めました。
皆様もぜひ、ご自身の地域で、自分の意思で一票を投じてきてください。 それでは、また次回お会いしましょう。
記事を読んでくださって ありがとうございます