ネガティブな感情を力に変える!「正しく呪う」という生き方
日常の中で、誰かに対して強い怒りを覚えたり、猛烈に嫉妬してモヤモヤしたりすることはありませんか?
「こんな負の感情を持っちゃダメだ」「もっとポジティブにならなきゃ」と無理に感情を抑え込んでしまう人は少なくありません。ですが、自分のネガティブな思いを無視して蓋をしてしまうことこそが、実は自分自身を苦しめる原因になっているかもしれません。
今回は、民俗学における「呪い」の本来の意味を紐解きながら、自分の感情と正しく向き合い、生きやすくなるための「思い換え」のヒントをお伝えします。
「呪い」と「まじない」は同じ語源?民俗学から見る本来の意味
「呪い(のろい)」と聞くと、誰かを不幸に陥れるような怖いものをイメージする方が多いかもしれません。しかし、民俗学的な視点で見ると、呪いは「まじない」とも読み、語源は同じだとされています。
本来の呪いとは、言葉の持つ力や人の心理、自己暗示のメカニズムそのものを指すのでは無いでしょうか。
私たちは日々、人間関係の中で生きていくうちに、どうしても怒りや不満、嫉妬といった感情を抱くことがあります。「なぜあの人はあんな言い方をするんだろう」とモヤモヤする経験は誰にでもあるはずです。
この時、ネガティブな感情を言われるがまま我慢して心に溜め込んでいる状態は、自分や相手を縛り付ける一種の「自己暗示(呪い)」にかかっている状態と言えるのでは無いかと私は考えます。
ネガティブな感情に蓋をしない。「正しく呪う」とは自分ごととして捉えること
「負の感情を持つのは悪いことだから、ポジティブに考えよう」と無理やり納得させようとしていませんか?
人間は感情の生き物ですから、良い感情もあれば悪い感情も湧いてきて当たり前です。ネガティブな思いを否定する必要はありません。大切なのは、無理に感情を消そうとせず、自分の中で起きている感情をそのまま客観的に「自分ごと」として捉えること(内観)です。
「自分責め」や「人のせい」は客観的ではない
自分を振り返る際に注意したいのが、「私なんてダメだ」と責める自責(自分責め)や、「あいつのせいでこうなった」と被害者意識に囚われる他責です。これらは一見自分に向き合っているようで、実は客観的な視点ではありません。感情に振り回され、視野が狭くなって苦しくなってしまいます。
直視して「素直に受け止める」ステップ
感情と正しく向き合うには、次のように素直に認識することがスタートです。
「私、今あの人に対してすごく怒っているんだな」
「あんな風に言われて、人格を否定されたみたいで傷ついたんだな」
「羨ましくて嫉妬しているんだな」
このように、ごまかさずに自分の本音をまっすぐ見つめること。これが、私の提案する「正しく呪う(自分の感情と真剣に向き合う)」ということです。
課題を分離し、やったことが自分に返ってくる法則を知る
人を嫌いになってはいけない、という綺麗事にとらわれる必要はありません。嫌いなら嫌いでいいのです。ただし、ここで重要になるのが「課題の分離」です。
相手の人格そのものではなく「発せられた言葉や行為自体が嫌だった」と切り分ける
相手がどう思うかは相手の課題であり、自分がどう感じるかは自分の主体(自分軸)で考える
不愉快だと感じたのであれば、その思いをごまかさず「自分の中で事実として受け止める」ことが大切です。
人は自分が発した言葉や行った行為が、巡り巡って自分に返ってくるようにできています。ネガティブな執着にずっと縛られ続けるのは自分自身を傷つけることになりますが、感情をしっかりと認識して腹を括り、自分軸を取り戻すことで、かかっていた呪い(縛り)は自然と解けていきます。
自分の中に湧き上がる怒りや悲しみといったネガティブな感情をダメなもの」として封じ込める必要はありません。
今持っている感情を排除せず、「今自分はこう感じているんだな」とありのまま受け止めること。それが凝り固まった思考をほぐし、日常を生きやすくするための「思い換え」の大きな第一歩になります。
自分のすべての感情に素直になって、しなやかで自分らしい日々を過ごしていきましょう。
自分一人で内観を深めようとすると、どうしても自分の過去の体験や知識の範囲内だけで処理しようとして行き詰まってしまうこともあります。そんな時は、信頼できる第三者に思いを言葉にしてアウトプット(吐き出し)をしてみるのもおすすめです。