前回の「香りの記憶」のお話には、たくさんの温かな反響をいただきありがとうございました。母の日に向けて、母の意識が少しずつはっきりとしてきたという嬉しい報告が弟からも届き、心穏やかな5月を迎えております。
さて、5月といえば「母の日」がありましたが、みなさんはどのようにお過ごしでしたでしょうか。我が家でも、子どもたちや兄弟を交えて、小さな心の交流がありました。
今回は、そんな母の日をきっかけにふと考えた、私たちの持つ「役割(ペルソナ)」と、自分自身を紐解くヒントについてお話しさせてくださいね。
私たちがまとう、たくさんの「仮面」
日々生活していると、私たちは意識する・しないに関わらず、本当にたくさんの「役割」を持って生きています。心理学の言葉では、これを「ペルソナ(仮面)」と呼んだりしますね。
私自身のことで言えば、
これらに加えて、かつて仕事をしていた時は「看護師」という仮面がありましたし、地域に目を向ければ「八王子市民」であり「日本国民」でもあります。こうして数え上げてみると、びっくりするほど多くの顔を使い分けていることに気づかされます。
私たちは、その時々の環境や状況、お相手に合わせて、無意識にこの仮面をセレクトして対応しています。
母の日の贈りものと、少し苦手な誕生日
今年の母の日、我が家の子どもたちもそれぞれの形で私を気づかってくれました。
次男はゴールデンウィークの帰省から戻った後、「遅くなっちゃうけれど、お母さんにあげたいものがあるから送るね」と連絡をくれました。何が届くのか、今から密かに楽しみに待っているところです。
また、不規則で忙しい流通の仕事をしている長男は、連休の最後に1日だけ時間を作って帰ってきてくれました。我が家は主人がとても寡黙なものですから、普段の私は猫に向かって熱心に話しかけるような日々(笑)。そんな私の良き話し相手になって、映画のこと、本のこと、仕事や友人の話を丸一日、たくさん聴かせてくれたのです。男の子ですから大げさなお祝いの言葉はありませんが、私にとっては「会いに来て、時間を共にしてくれること」そのものが、何よりのプレゼントでした。
実は、私はこの5月が誕生日でもあります。
ただ、昔から誕生日というものが少し苦手でして……。お祝いをしていただくのが、どこか気恥ずかしく、いたたまれない気持ちになってしまうのです。「できればそっと通り過ぎてほしい」と思うほど。
主人には、忘れないようにと私の誕生日に結婚式を挙げてもらったので、毎年「今年は何が欲しい?」と聞いてくれます。昨年は家族みんなに還元できるからと「ヨーグルトメーカー」を買ってもらい、塩麹や発酵調味料作りに大活躍しているのですが、今年はまだ「これ」というものが思い浮かばず、贅沢な悩みを抱えています。
自分が一番大切にしている「役割」はどれ?
不思議なことに、誕生日を忘れられても全く気にならない私ですが、かつて「母の日」を子どもたちに完全にスルーされた時は、大激怒して部屋にこもって泣いたことがあります(笑)。
その経験をいま振り返ってみて、ある面白いことに気づきました。
一個人としての自分(誕生日)よりも、「母親としての自分(母の日)」を忘れられることの方が、私にとっては遥かにショックが大きかったのです。
つまり、私が持つたくさんのペルソナの中で、今最も重要度が高く、大切に愛おしんでいるのは「母親という役割」なのだと、改めて自覚することになりました。
人によって、この優先順位は全く異なります。
これらは決してどれが良い悪いではなく、「今の自分が、どの役割に一番エネルギーを注ぎたいか」という、大切な価値観の現れなのだと思います。この優先順位は、年齢や子どもの成長、環境の変化によっても変わっていくものです。
自分の役割を振り返る、ということ
もし今、日々の生活の中で「なんだかバランスが悪いな」「心がモヤモヤするな」と感じることがあれば、少し立ち止まってご自身の役割を考えてみてください。
「今、私はどの仮面を一番大切にしたいのだろう?」
「おざなりになってしまっている役割はなんだろうか?」
そうやって振り返ってみることで、自分が今本当にすべきことや、進むべき方向が、驚くほどクリアに見えてくることがあります。
それが今の自分の立ち位置を教えてくれるかもしれませんね。