コントロールドラマとは?-②

新しい時代に向かう大変革期④

コントロールドラマとは?①

被害者というコントロールドラマ

次に、被害者というコントロールドラマについてです。

最も受け身性の強いコントロールドラマが、被害者です。

通称、悲劇のヒロイン

「なんて可哀想な私」「頑張っているのに報われない私」「大変で不幸な私」「誰にも分ってもらえない私」…

エトセトラエトセトラ…を、ありとあらゆる形でアピールします。

そしていつも悪いのは自分ではない、ほかの誰か。

可哀想なのも報われないのも不幸なのも、私が悪いわけではない。

上司が、親が、友達が、パートナーが、政治が世の中が、、、

誰かのせい、周りのせいで、自分はこうなのだと、嘆き、ぼやき、愚痴ります。

彼らの欲しいものは、同情、そして、罪悪感。

それらを得ることで、エネルギーを奪う。これが、被害者ドラマです。

脅迫者ドラマに対応するので、受け身性が最も強いコントロールドラマと位置づけられますが、

実は、被害者ドラマも、ちゃんと、エネルギーを奪っているのです。

あなたは悪くない、あなたは頑張ってる!悪いのは、○○!という同情

ごめんね、私がもっと気づいてあげられれば良かったのにね、という罪悪感

誰かのせい とは言わず、私が悪いのだと口では言いながら、「あなたは悪くない」を引き出そうとしているパターンも、よくある被害者ドラマです。

これらは分かりやすい被害者ドラマです。同情や、慰めや、(表面的であっても)共感を欲しがっているのだなぁと感じさせるエネルギー。

きっとみなさんも出くわしたことがあるでしょうし、自分自身が被害者ドラマをやったことがあるという方は、少なくないのではないでしょうか。

被害者ドラマの根底には、『私は、悪くない』という強い思い込みがあり、それを証明したい、認められたい、という強い欲求があります。

こういった分かりやすい形以外にも、被害者ドラマは繰り広げられます。

私を認めて!という被害者ドラマ

同情、同意を得たい、というのは、そうすることでしか、自分が「認められた」と感じられないからです。

認めて欲しい、その承認欲求に突き動かされ、何かを言ったりやったりする。

自己受容ができていない、自己確立ができていない人たちに多いパターンです。

ちょっと前に、キラキラ起業女子ブームというのがありましたが、彼女達の多くが、成功している私、人生を楽しんでいてキラキラしている私、をアピールすることに終始し、結局、多くのお金と時間を消費してしまったのではないでしょうか。

(そこから学び、人生を軌道修正できた方は、被害者ドラマを抜け出せたのかもしれませんね。)

本当にどう生きたいのか?は、被害者ドラマの外にあり、どう生きているかを誰かに証明する必要はありません。

自分が、魂から望む生き方を実現していれば、それだけで満たされます。誰からの同情も、同意も、ましてや罪悪感などからエネルギーを得る必要など、一切ないわけです。

証明したい相手は誰なのでしょう?誰からの承認が欲しいのでしょう?

そこには、魚座時代の上下、勝ち負け、比較の価値観が根強く残っているというわけです。

脅迫者も被害者も、根底にあるのは弱さ

認められたい。

これは、社会で人と関わって生きる人間なら誰しも持つ欲求です。

しかし、自分の外側に承認欲求を満たしてくれるものを探し続けている間は、永遠に満たされることはありません。

満たされたとしても、一時しのぎでしかないわけですから。満たしてくれる相手を探し続けなければなりません。

4つのコントロールドラマに共通することですが、コントロールドラマの繰り広げられる世界は、上下、縦軸、比較の世界です。まさに、魚座時代の価値観ですね。

誰かと比べて上だ/下だ、強い/弱い、優っている/劣っている、という自分の中に持っているものさしで測り、相手に対し、どのコントロールドラマをやるのかを無意識で瞬時に、決めています。

脅迫者も被害者も、根底にあるのは、弱さです。

弱い自分、欠けがある自分、認められたい自分・・・

これを埋めるために、コントロールドラマを仕掛けるのです。

被害者ドラマがデフォルトの人も、相手が自分よりも「下」だとか、弱いと判断した時に、脅迫者ドラマに転換することがあります。

これは実は、子どもを育てる親たちによく見られるパターンなのです。

子どもにとって親は、絶対的な存在です。愛されなければ生きていけないのですから。

そんな弱い子供を前にした時、親は、脅迫者のドラマ(あるいは尋問者)を発動させてしまう。

攻撃性の高いドラマを発動して、言うことをきかせよう、支配しようというわけです。

子どもを危険や失敗から守りたい。愛情からであることが多いですが、支配は、支配であり、エネルギーを奪ってしまうのは間違いありません。

これについては、また後で詳しく述べたいと思いますが、ここではまず、被害者ドラマをベースに、人は脅迫者にも転換するのだということを知っておいていただきたいと思います。

逆もまた然りです。どちらも、根底にあるのは、弱さなのですから。

そしてその弱さは、コントロールドラマの世界の中では埋められないのです。

どうやって、ドラマの外に出るか?は、また後程、お話しいたします。

次回は、尋問者と傍観者について

コントロールドラマについて③

でお話ししていきます。